資料:クシニッチ議員・ワシントン集会 連帯メッセージ

デニス・J・クシニッチ下院議員声明
日本の人々への連帯メッセージ
(在日米軍基地をめぐって)
2010年4月25日(日)

日本の沖縄の住民は長年にわたり、沖縄における米軍再編への反対を表明して
きた。今年初めの名護市長選において、名護には基地を建設させないと選挙中に
公約した稲嶺進候補に圧倒的な票が集まったことは、彼らの強い反対の明確な表
明だった。
先週、私は下院歳出委員会防衛小委員会の委員長に手紙を送り、沖縄の米海兵
隊普天間飛行場を名護に移設する計画についての私の関心を伝えた。地元住民の
視点からの議論がまったくないまま、海兵隊の活動が名護に移される準備が進め
られようとしている、と。
稲嶺氏が市長に選ばれたことは、環境と経済生活を守ろうとする沖縄の人々の
勇敢なる闘いにおける重要で象徴的な勝利だと思っている。沖縄住民の思いは考
慮されなければならない。基地移設への強い反対、新基地が建設されたときにも
たらされる環境、経済生活への打撃を無視することはできない。地域の海洋生物
に自然の生息地を提供してきたもろい珊瑚礁は、地元漁師たちの生活とともに危
機にある。
米下院がこの思いに耳を傾けることを願い、土地と環境が保全されるよう訴え
る沖縄の人々の努力を私は引き続き支持していく。

連帯声明

2010年4月25日
Network for Okinawa

我々、Network for Okinawa(沖縄のためのネットワーク)のメンバーは、沖縄
の民主主義と環境保護を支持する何十万人もの米国人と世界中の人々を代表す
る。我々の草の根のネットワークは、米国と世界の平和・環境団体、宗教的奉仕
活動団体、大学・研究機関やシンクタンクの代表者を結びつける。

我々は今日、沖縄を支持する県知事、市町村長、メディア、辺野古のお年寄りた
ち、100万人の沖縄県民、3万人の徳之島住民、そして日本全国何十万人にも
およぶ国民と共にあることを、誇りを持って宣言する。太平洋を経た地より、彼
らの米軍普天間基地の閉鎖と沖縄そして徳之島におけるいかなる新たな基地建設
への反対の要求を支持する。

我々は鳩山首相に、沖縄県民との約束を果たし、キャンプシュワブの新たな基地
建設を拒否する彼らの意志を尊重するよう要請する。これには基地内に滑走路を
建設するという、1990年代すでに拒否された提案も含まれる。名護市の稲嶺
進市長は今年、沖縄県民のこの意志表示を繰り返した。

更に、我々は鳩山首相に、部分的に岸から離れた滑走路を建設するという
2006年の日米提案を拒否することも要請する。このような基地の拡大は沖縄
のジュゴンやアオサンゴなどが棲むサンゴ礁を破壊し、絶滅の危機にある動植物
を含めた多くの美しい生物が生息するやんばるの森をも破壊することになる。

我々は米軍の最高司令官であるオバマ大統領に対して、沖縄から米軍普天間基地
を取り除きたいという県民の民主的決断と、県内における一切の新たな基地建設
に反対するという彼らの意志を尊重するよう求める。

米軍は沖縄戦中、当時軍事帝国主義によって統治されていた本土を侵略する足が
かりとして沖縄に最初の基地を建設した。20万人以上の沖縄市民、米軍兵士そ
して日本軍兵士がこの戦いで命を落とした。これは太平洋戦争の中でも、最も残
酷な戦闘であった。

しかし終戦は沖縄に平和をもたらさなかった。米国はいっこうに基地を解体しよ
うとせず、朝鮮・ベトナム・ラオス・中国・ソ連など次々と「敵」をつくり出し
ながら冷戦における軍事政策のもとに沖縄の基地を使い始めたのだ。緊張緩和や
日・中・米・韓・豪などの経済統合がかつてないほど進んでいるにも関わらず、
日米の政府関係者の中には中国を再び「脅威」と想定する者がいる。

沖縄元県知事の太田昌秀氏は、沖縄の市民にとって戦争は決して終わらなかった
と言った。沖縄県民の多くが今でも戦時中のトラウマによる不安とうつに悩まさ
れている。
四千から五千の沖縄人の遺体が未だに回収されていない。沖縄全土に渡り不発弾
も残っている。そして五千人以上の沖縄市民が米兵による犯罪の犠牲となってい
る。「前の戦争がまだ終わっていないのに、なぜ次の戦争を始める準備をしなけ
ればならないのか」と太田氏は問う。

Network for Okinawaのメンバーであるピーター・ギャルビンは生物多様性セン
ターの保全所長でもある。彼は「たとえ『国家や世界の安全保障のため』という
名目であっても、ある地域の環境や社会福祉を損なうということはそれ自体、自
然と人間社会に戦争を仕掛けるようなものだ」と言う。

米国政府は沖縄での改革を繰り返し約束してきた。1972年の米国から日本へ
の『復帰』は約束されていた非軍事化にはつながらなかった。1996年に作ら
れ、2006年に再協議された最新の提案は、沖縄の「負担軽減」にはならな
かった。むしろ、米軍基地による汚染、騒音、暴力などの問題を宜野湾市から手
つかずの辺野古へ移すだけとなった。

沖縄の人々の声が日本と米国政府に届くには、いったい、幾つもの選挙や決議、
大規模なデモを行う必要があるのだろうか。

我々Network for Okinawaに所属する多くの米国と世界各地の人々には沖縄の声
が聞こえる。我々は単に基地を県内移設させるのでなく、沖縄から取り除きたい
という県民のメッセージを支持する。

これを例証するために、我々支持者の声をここにいくつか紹介する:

オーストラリア国立大学教授のギャバン・マコーマック氏は、「沖縄県民の意志
をこのような侮辱でもって対処するような同盟は民主的でもなければ民主主義の
ためでもない。かつて『自由主義陣営』はポーランド人、チェコ人、ハンガリー
人の意志を踏みにじったソ連政府に対して極めて批判的であった。ところが今、
『自由』の名において全く同じことをしようとしている。自由を守るふりをする
者たちにとって、自由はこんなにも少しの意味しか持たないのだろうか。」と話す。

友和会ラテンアメリカ・プログラムの責任者ジョン・リンゼイ・ポーランド氏は
「日本やその他の国々にある米軍基地は、戦争を起こし武力を行使するというア
メリカの意志を反映している。戦争は非人間的で不正義で環境破壊をするにすぎ
ず、正当な目的を達成するためには不必要である。」と述べている。

米国フレンズ奉仕団ハワイ地域事務局のプログラム・ディレクター、カイル・カ
ジヒロ氏は「沖縄県民の力強い要求は明らだ。平和は人権である。沖縄の人々は
私たち自身の運動にインスピレーションを与えてくれる。太平洋をまたがる平和
への連帯のもと、私たちは沖縄の人々を支持する。」

日系カナダ人の執筆家ジョイ・コガワはストックホルムでのスピーチで、命の尊
厳を大事にするという、沖縄の平和を愛する伝統文化を称えた:

「東方にある小さな島があります。そこには世界一の長寿で、ものすごく穏やかな人
々が住んでいるんです。」

「私の兄は退職する前に聖公会の牧師として1990年代の何年かを沖縄で過ご
しました。その兄が教えてくれたのですが、1815年に英国海軍のバジル・
ホール艦長が沖縄の那覇に突入していった時、大変驚きの発見をしたのです。イ
ングランドへの帰途、艦長はセント・ヘレナ島に立ち寄り、ナポレオンとおしゃ
べりをしました。」

「私は平和の島に行ったことがある」と報告する艦長。「その島には兵隊もいな
ければ武器もないのだ。」

「武器がない?でも剣の2〜3本はあったんじゃないのかね」とナポレオン。

「いや。剣でさえ国王が禁止している」

ナポレオンはびっくり仰天。「兵隊も武器も剣もない!そりゃ天国に違いない」

「平和の文化は戦争の絶えないこの地球の、ちっぽけな島で発展したのです・・・」

「かつて戦争中だった日本がこの王国を占領したとき、全く血を見ないクーデ
ターが起こりました。また後々朝鮮半島を侵略するときに手を貸したいという戦
士も見つかりませんでした。日本は、この島の人々は反抗的だと結論付けまし
た。兵隊のない王国など明らかに不可能でした。このような平和の歴史を持つ沖
縄は、きっと地球上で一番天国に近い文化を持つ場所だったのでしょう。もしか
すると、それが故に、この島は憎しみの部隊にとって特別な標的となったのかも
しれません」

今日、我々の世界は生き残りか自己破壊の境目にある。我々は戦争の文化に蝕ば
まれた世界を、お互いに協力し合い、暴力によらない紛争を解決する世界へと変
革しなければならない。この平和的な島に不必要な軍事暴力を押しけるのでな
く、米国と日本は沖縄の命を尊ぶ民主的な文化から学ぶべきである。

http://closethebase.org/

CONTACT: John Feffer, Institute for Policy Studies
johnf@ips-dc.org, 202-234-9382, cell: 510-282-8983